自問1
『Origin(起源)』
心の声を聞け、そこに本当の真実(じぶん)がいる。
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一体いつからだろう、それが目醒めたのは、何がそうさせたのか。
『好きな人に振り向いて欲しい』
それは不思議なことじゃない、この世界に生きる大概の人間にある感情だ。
人が人である以上、人は人に恋をする、人は人を愛さずにはいられない。
『好きな女性(ひと)を独占したい』
それも男なら万人にある感情だ、愛しているからその人が欲しくなるし、全てを把握したくなる。
けれど僕の場合は…
―――もっともっと深くて、黒い。
何かが違う、決定的に違う、はっきり言ってまともじゃない。
誰かに、彼女に、それを周りの人間に知られないようにして過ごしている。
とんでもなく醜くて身勝手な思い。
そんなことをほんの一瞬でも考えているなんて、口が裂けたって言えない、悟られる訳にいかない。
―――君にだけは、嫌われたくない。
「貴方、とても愉しそうね…
まさか…
テンシノフリヲシタアクマダッタナンテ…」
ちょっと待って、何の話をしてるの?
言ってる意味が分からないんだ、僕が君に何かした?
僕のせいなら謝るから、リナリー、もう泣かないで。
「‥‥‥‥!」
顔を塞いで泣く少女の肩に触れると、飛び散る火花のような衝撃が身体を突き抜けた。
景色がひずむ、少女の姿もひずむ。
真っ黒い空間にたったひとり取り残された僕は、固く目を閉じた。
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…音が聴こえる。
叩きつけられるような激しい音、だけど耳障りな雑音ではない。
力強い躍動感がある、それでいて繊細かつ優美。
目まぐるしく変化する音色、その美しい調べは僕の耳をうっとりさせる。
…心地好い。
閉じた目をゆっくり開けると、僕は自室のベッドのなかで白いシーツにくるまっていた。
ナイトテーブルの上にある蓄音機、レコード盤から流れてくるのは、フレデリック・ショパンの『革命』だ。
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「…また、この夢。」
体をベッドから起こす。
びっしょり掻いた寝汗で額が濡れている。
肌から染み出る滴を拭うと、僕は大きく息をついた。
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この頃、よく魘されるような夢を見る。
それは恐ろしい夢、縁起でもない夢、とにかく目覚めの悪い夢。
僕が見る夢は決まっていつも同じ内容だ。
ぼんやりと光の薄い通路に僕はいる。
幾重にも巻かれた螺状の階段、その途中には彼女が立っている。
彼女は泣いている、両手で顔を伏せて嗚咽を漏らしている。
長い螺階を上った僕がリナリーに触れようとすると、いつも…。
景色がいびつに歪んで、それから僕は暗闇にひとり取り残される。
夢に出てくる少女、リナリーのことは、黒の教団(ここ)を訪れて一目姿を見たときから惹かれていた。
艶やかな黒髪に大きな瞳、小柄ですらりとした体つき、花が綻びるような微笑み。
僕はすぐ、そんな彼女に夢中になった。
リナリーは誰からも慕われ愛されている、戦いに明け暮れている団員たちの憧れだ。
どんなに想っても、彼女と自分じゃ釣り合わない。
それ以前にリナリーとどうにかなることを考える自体、身の程知らずな話だと言える。
ヴァチカンに従事するエクソシストとして、個人的な感情は捨てなきゃいけない。
いずれそう思うようになった僕は、この気持ちを閉じ込めることにした。
ただ近くにいられるだけで好い、鮮やかに笑う君を見つめていられるだけで。
リナリーとはこれからも良い仲間でいたい、今はそう思っている。
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それなのにどうしてこんな夢を…?
全く予想もできなかった、あの夢の意味するもの、それが何だったのかなんて。
†††
「王侯貴族も称賛するフランス名菓店から取り寄せたものなんですけど、お一ついかかです?」
「いえ、僕、クッキー苦手なんですよ。」
こんがり焼けたガトーセックを片手に持って、男が僕に苦々しく笑う。
「あれ、アレン君は大食漢だから何でもいける口だと思ってたのにな。
まあ好いです、ボクがここに来た理由は、お菓子の差し入れじゃありませんし…。」
金髪長躯の彼はそう言って、不敵な顔つきをする。
「嫌ですね、そんなに怖い顔しないでください。
ボクと君はこれから任務をともにする仲間なんですから。」
のちに部屋を訪ねてきたのは、『ヨハン・ルシェル』だった。
彼もこの教団に所属する『黒の聖職者』のひとり、対アクマ武器『棍棒(グロウ)』を使いこなす装備型のエクソシスト。
イノセンスとのシンクロ率は99.08%、臨界者に限りなく近いエリートだと言われている。
彼が教団(ここ)に来たのは半年前、僕とさほど変わらないらしいが、その同調率と優れた任務遂行能力から、教団内では若き元帥の誕生ではないかと噂が囁かれているほどだ。
「…おや、アレン君、ショパンを聴くんですか。」
菓子箱をテーブルに置いた彼が耳をそばだてる。
「ええ、まぁ…。」
「『フレデリック・ショパン』、彼の才能は素晴らしい。
聴けば聴くほど身体が熱くなる、知的でウイットな旋律だ。
だけど情熱が強すぎるとそれはときに衝動を生み、破滅を導く。
この意味、分かりますか?」
何か皮肉を言っている、ということだけ分かる。
「遠回しすぎて、分かりません。」
「…そうですか。
ボクの嗜好とは合わない、つまりそういうことです。
ボクはかの有名なドイツのバロック音楽家の方が好きでして。
ああ、もちろんショパンも十分魅力的です、人の好みなんて色々ですよ。」
苦手だと思うのはクッキーだけじゃない。
彼は普段、社交的で人当たりが良い、それなりに人望も厚い。
けれどさらりとほのめかす言葉には少し刺がある、その発言の真意すらあまり分からない。
僕の敬遠したいタイプがまさに彼だった。
それだけじゃない、僕が彼を避けるのには、他にもう一つ理由がある。
僕個人の理由、要するに単なる勝手な我がままからだ。
それは…―――
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「さてと、アレン君が食べないのならこれはボクが戴くとしますか。」
先ほど置いた菓子箱を手に抱えて、彼はきびすを返した。
「…いけませんね、忘れていました、コムイさんから言づけを頼まれていたんですよ。
任地に向かう際は門番のところで待つファインダーを連れて行くように、とのことですので。」
振り返った彼がなつっこい笑顔を浮かべる。
「…心強い仲間が二人もいて嬉しいです。
ではのちほど、任務でお会いしましょう。」
「ええ、それじゃあ、また後で…。」
そうして彼は僕の部屋を後にした―――
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静かになったこの部屋で、耳に聴こえてくるのはあの音だ。
美しい調べ。
深い陶酔を呼ぶ音色が、また聴こえてくる。
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