創始〜愛奈〜
百年先に逢いましょう…
†Aina+Lenalee Side...
ゆめのなかのあなたはだぁれ…?
時々見る色褪せた夢、声も顔も分からない貴方に、私は恋してる―――
†††
その出会いは絶対に運命だと思った。
碧い空が広がる晴れやかな暑夏の日、街路樹の下で私に手を差し伸べた彼の笑顔が、見惚れてしまうほど素敵だったから。
「これ、落としましたよ。」
宵っ張りの朝寝坊をして、遅刻ぎりぎりに学校へ向かう私、何時もより遅い時間帯にあの並木道を慌てて通り掛かると、不意に後ろから肩を叩かれた。
掛けられた声に振り返れば、煌めく銀色の髪が印象的な色白の男子が、ポケットにあった筈のハンカチを差し出している。
私は胸ポケットを弄り、自分の落とした物だと分かると、それを受け取って小さくお礼を言った。
「あ、ごめんなさい…どうも。」
「どう致しまして、ちょっと尋ねたいんだけど…、聖灰基督学園は、こっちで合ってます?」
聖灰学園って…私の通ってる…
改まって彼を見ると、着ている制服の下が青の格子縞、聖灰の男子の学服と一緒だ。
学園(うち)の生徒…?
転入生…なのかしら…?
「…はい…聖灰は…この先を真っ直ぐ行けば…。」
「君は聖灰学園の子ですよね、ありがとう。」
優しい真綿のように柔らかく微笑む彼。
そして、ふわり笑顔を残したまま、並木道を颯爽と去って行く。
遠く離れる背中を見つめ、彼との出会いに胸を高鳴らせる私がそこに居た。
素敵な人だったな…優しい笑顔が…とっても魅力的で…せめて名前ぐらい…聞いておけば良かったかな…
ピロピロピロピロピロピロ…
浮ついた気持の私は、突然鳴り響く携帯電話の着信音に、はっと顔を上げた。
取り出した携帯にはクラスメートから、『ホームルーム始まってるよ』と綴られたメールが届いている。
「いっけないっ!完全に遅刻しちゃったっ!」
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†††
「遅刻の原因が一目惚れって、くすっくすっ、愛奈ちゃんって、本当に面白いよね。」
「もぉ〜、私は本気で言ってるんだよっ!?」
口の辺りを押さえて、気品良く笑うこの少女は、同級の親友、『新条 未織』。
小学時代からの幼馴染で、あまり物を喋る子じゃないけれど、私を理解してくれる大切な友達。
そして今日の朝、メールを遣してくれたのも彼女だったりする。
六時限目の授業が終わり、帰りのホームルームまでの短い休み時間、私は輝いた目でうきうきと、今朝起きた出来事を未織に話していた。
「あの制服、うちの学校だったんだよ?」
「聖灰の場所を聞かれたって事は、他所から編入して来た転校生?」
「うん、多分そうだと思うんだけど…。
何年生なのかも分からないし、全校生徒の中から探すのは難しいよね…。」
「けど愛奈ちゃん、その人に運命、感じちゃったんでしょう?」
「それは…そうだけど…。」
「きっと見付けられるよ、彼の事。
愛奈ちゃんの王子様探し、私も手伝うから。」
すっかり沈み込む私に元気をくれる彼女。
やっと巡り会えた素敵な人…こんな事で諦めちゃ駄目よね…
「だよね、未織、私頑張るっ!」
「うんうん、その意気♪
あ…そうだ、愛奈ちゃんに聞くの忘れてた、今日これから悠夜君達にカラオケ誘われてるんだけど、どうする?」
『月宮 悠夜』、私達と同じ特進科、1‐Bの生徒でクラスが隣。
悠夜は私が中三の時に同級だった男の子。
一緒の私立高校に進学した今でも男女グループで遊んだり、ずっと仲良しでいる。
「んー、ごめん!
私、今日はパス、悪いけど例の日なんだ…。」
苦く笑う私の目を見て、未織は直ぐに真剣な顔をした。
「…例の日って、やっぱりおばさん、再婚決めたんだ?」
「うん、お母さん、少し前まで迷ってたみたいだけど、やっと正式に決まったの。」
うちの家庭は七年前、両親が離婚をしている。
一人っ子の私は母側に引き取られ、その一年後、父は別の女性と婚姻した。
『夫婦間に於ける性格の不一致』が離婚の理由らしいけど、母と決別し、父が早速結婚をした事から、実際の原因は父の浮気だったんじゃないかと思う。
今時親の離婚なんてごく当り前の様なもの。
昔は父と離れ離れになったのが寂しくて、母を責めたりもした。
それでも私を育てる為にと昼夜懸命に働く母に、私の気持は少しずつ変わっていった。
母を励ましてあげたい、あれだけ苦労を重ねたのだし、そろそろ自分の幸せを考えて欲しい。
そんな思いが胸にあったから、この再婚話を母の口から持ち掛けられた日、私は素直に喜んであげられた。
「…愛奈ちゃんは…それで好いの?」
「私が口出し出来る話じゃないのかなぁ、なんて、お母さんが幸せなら好いと思う。」
因みに『例の日』って言うのは、母の再婚相手との初顔合せの日の事。
打ち明けてしまうと、相手方にも息子さんが居るらしく、母は世間で言う子連れ結婚をする。
今日は一月先の同居に向けて、両家の親睦を深める、気軽なお食事会を家で開く事になっている。
お母さんから聞くには、向こうの息子さんと私の年が近いみたいで、彼は気立ての優しい男の子だって話だけど…。
仲良く出来ると良いな…
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間もなく放課後になり、うちのクラスを訪れた悠夜達の誘いをそれとなく断った後、未織と一緒に校門を出る。
帰り道の途中で彼女と別れ、約束の時間、16:30より幾らか早めに帰宅した。
「ただいま。」
玄関のドアを開けた瞬間、ほんのり甘く妖艶な香りがそこはかとなく漂う。
芳しい香気を辿っていけば、それは花瓶に挿された、一束の赤い薔薇が醸し出している薫りなのだと分かる。
深みのある、燃える様な赤―――
荊棘(ばら)が象徴するものは、情熱、そして…秘密…。
鋭い棘を持つ綺麗な薔薇は…少し…怖い…。
まるで…誰かを…そう…あの恋を…。
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『‥‥‥‥‥レン‥く‥ん‥』
「‥‥!?」
ほんの一瞬、何かが脳裏に蘇ると、強烈な痛み、間欠的な頭痛が私を襲う。
「…っ…。」
重苦しい頭を左右に振って、芯に纏わり付くもやもやを除き去った。
何なのよ…これ…
下を向いて落とした視線の先に、きちんと揃えられた見慣れない革靴が二足並ばっている。
あれ、この靴…。
お義父さん達が家に来るのは、もう少し後だった筈だけど。
手にした携帯の時刻はまだ午後四時を回っていない、さっと時間を確かめてから、二つ折に畳んだそれを再び鞄にしまい込む。
「お帰りなさい、愛奈。」
廊下の奥から早々と出て来た母は、何時になく嬉しそうな声で私を出迎える。
「雅樹さんと律君、もう居らしてるの。」
「えっ、そうなんだ。」
花瓶の薔薇をつくづく眺めながら靴を脱ぐ私に、赤い顔の母が面映ゆく言った。
「その薔薇ね、雅樹さんから戴いたのよ。」
『早乙女 雅樹』、その人は母が前に勤めていた会社の上司で、二人は一年半の交際を経て、そしてこれから結婚をする。
雅樹さんを話す時の母は淑やかで女性らしい、そんな母が眩しくて、ちょっとだけ羨ましく感じる。
私も素敵な恋がしたいな…今朝出会った…彼みたいな人と…
「そうそう、愛奈、リビングの方で雅樹さんと律君にご挨拶して頂戴ね。」
「うん、わかった。」
うっすら残っている頭痛はもうそれ程辛くない、私は母に軽く頷いて、お義父さん達の待つリビングルームへと向かった。
雅樹さん、母が何度か写真を見せてくれたけど、面と向かってお話するのは今度が初めて。
いきなり『お義父さん』と言うのは馴れ馴れしいし、『雅樹さん』と言うのも差し出がましい気がする。
何て呼べば良いんだろう…?
私と年が近い律君…お兄ちゃんは…どんな人なのかな…?
ステンドガラスの扉の前で大きな深呼吸を一つ、次に明るい表情を作って把手に触れる。
「えっと、初めまして…。」
扉を開けて部屋を見渡すと、洗練された大人の男性、ハンサムな顔立ちの雅樹さんが、ダイニングテーブルの椅子にゆったり腰を掛けていた。
「おっ、初めまして、愛奈ちゃん。」
雅樹さんの真横でこっちを見つめる男の子、彼は暫く視線を外さずに私を見続け、その後小さくお辞儀をしてきた。
ドサッ…―――
律君を見た私の指先は急速に力を失い、右手に持っていた学生鞄がするりと床に落ちる。
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透き通る銀色の髪、抜ける様に白い肌、優しさを宿した微笑み。
見間違える事なんてない…しっかりと記憶に残る…その姿…
今朝…並木道で会った…ハンカチを拾ってくれた…彼…だ…
‥う‥そ‥‥なん‥で‥
胸を打つ強い衝撃に言葉が出ない、止まった思考を元へ返すには、当分時間が要った。
「写真通りの美人なお嬢さんだね。」
「…あ、いえ、そんな事…。」
私を緊張させまいと、雅樹さんは気さくに話掛けてくれるけれど、正直言うと律君の存在に気を取られ、落ち着いて会話する所じゃない。
この人がお兄ちゃん…街路樹の下で手を差し伸べてくれた…笑顔の素敵な人…
「ほら、律も挨拶しないか。」
雅樹さんにそう促された彼は、薄く涼しげな唇をおもむろに開いた。
「…初めまして、愛奈。」
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ときめいてしまった人が…まさか…兄になる…彼だったなんて…
私達の二度目の出会い。
不運に生まれたこの恋が、深い罪の道に繋がっているのだと気付いたのは、それから随分経っての事だった―――
†愛奈視点は一先ず終了。
またネタが浮かんだらちょこちょこ書きます;
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