第四監・五部



肌に触れる風はいつしか涼しくなっていた。


あんなに煩かった蝉の声も、今となっては聴こえない。


朝夕になるとこの街に、ひんやりした秋風がそよ吹く。


そして燃え盛った夏は終わってしまったのだと、僕は気づく。


リナリーと会えなくなってから、いったい幾日過ぎたのだろう?


僕に分かるのは、季節の移り変わりが訪れたということぐらいで、日付や時間の感覚、そうしたものは失くなってしまったように感じられた。


ふぬけた抜け殻のような僕は、覚束ない足どりで廃屋に向かい、だれもいないがらんどうな部屋で夜を待つ、相変わらずな日々を送っている。


新学期に入ってもそんなことを続けている僕に、母は何も言わなかった。


たぶんそれは、僕が虚ろな目をしていたせいだろう。


母は母で、惚けた僕から何かを感じ取ったんだと思う。


何をするにも無気力、それはこんな…、今みたいな茫然とした気持ちをいうんだろうか?


けどそれも…、もうどうでも好いことだ。


僕は人生の目標(みらい)を見失い、君まで失くしてしまったのだから。


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「…あの、ウォーカーさん。」


放課後のグラウンドを走る陸上部員たち、その情景を眺めていた僕に、小さく消え入りそうな声がかかる。


話かけてきたのは栗色の髪を二つに結った女子だった、彼女は確か…。


「蒼海さん…?」


僕はうろ覚えの名前を尋ねるように訊いた。


「…名前、覚えていてくれたんですね。」


「え?


 ああ、僕、人の名前とか覚えるの、ほんっと下手くそで…。」


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「…私…嬉しいです…


 その…ウォーカーさんのことが…好きだから…」


それは彼女の告白なのか、どうなのか、憶測のつかない言葉だった。


「人のこと好きとか、めったに言うもんじゃないですよ。」


ほろ苦い笑みを浮かべ、おどけた仕草をする僕に、彼女の瞳が一瞬揺らぐ。


「…ウォーカーさん…だれか好きな人がいるんですか…?」


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蒼海さんの気持ちは知っていたし、彼女の曇る表情に何も思わなかった訳じゃない。


きっと彼女は僕のことを真剣に想ってくれている、だからこそ隠さず打ち明けようと思った。


「うん、世界でいちばん愛してる女の子がいるんだ。


 あっ、でも、僕の片想いみたいなものだけど…。」


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「…片想い…なんですか…。


 私、応援しています、ウォーカーさんの気持ちが、その人に届くのを…。」


彼女の目にはうっすら涙が滲んでいた、それでも必死に笑顔を作って、僕に微笑みかけてくれる。


ああ、そうか…。


彼女もこんな僕を必要としてくれた人の、ひとりだったんだ…。


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「…ありがとう。」


僕は泣きながら笑顔をくれる彼女に心からそう言った、そしてそんな彼女が幸せになることを心から祈った。



†††


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それから暫く経った日のことだった。


あの小さな森には大型の土木作業車が何台も行き来するようになって、やがては森の伐採と、朽ちてしまった洋館の解体工事が始まった―――