エピローグ
ダブル幅のベッドというものに僕はまだ慣れていない。
今までシングル(ひとり)で寝ていたせいだろうか、ゆったりした寝心地は快適だけれど何だか不思議な気分になる。
少し照れくさくて、でも嬉しいような、そんな気分になる。
その幅広いベッドの上で燦々たる陽光を浴び、すやすやと眠っている女性がいた。
透き通るような白肌をこれみよがしに見せた裸体の女性。
彼女の左薬指には、プリンセスダイヤを埋め込んだ結婚指輪(マリッジリング)が光っている。
小さな少女みたいな寝顔を見ていると、僕はふっつり横しまなことを考えてしまう。
器用に巻きつけてあるシーツをそっと剥ぎ取って、悪戯してみたいとか、幼稚で子供じみたしょうがないことばかりを。
彼女は僕の、美しい聖女。
彼女は僕の、いとしい妻。
他のだれでもなく出会えた、僕の全て、僕だけの女性(ひと)。
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彼女の肩にキスを落とし、僕はベッドから出ると、何も纏っていない体に薄手のシャツを羽織った。
スラックスを穿いて、普段着に着替えた僕が向かったのは、この家にある北側の部屋、僕専用のアトリエだ。
僕の仕事場である北部屋は、白に近いクリーム色のクロスが施工された、極めて常並みな特徴のない部屋。
風致が乏しい部屋の真ん中にイーゼルと椅子、その周りには、絵を描く為の筆や絵の具といった画材道具が散り乱れている。
昨日中断した状態のままの部屋に入ってから、僕は椅子に座って、イーゼルの絵を眺めた。
『よし、もう少しで完成だ。』
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心のなかでそう意気組みし、右手に画筆を握る。
そうしてカンバスに向かい、筆を淀みなく動かし始めた僕に柔らかな声がかかった。
「今日も、随分と早起きなのね。」
移した視線の先、部屋の扉に、シーツを巻きつけた姿のリナリーが立っていた。
「お早う、リナリー。」
さっきのキスで起こしてしまったのかもしれない。
「たっぷり睡眠を取ることだって必要よ。
昨夜(ゆうべ)寝たのも遅かったのだし、ゆっくり描けば良いじゃない。
どこかへ逃げてしまう訳じゃないでしょう?」
昨日の夜、熱烈に貪った唇を緩めて、リナリーは蠱惑的に微笑した。
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「素敵な絵よね、これ。」
画架に立てかけてあるカンバスを見て彼女が言う。
「僕はこの絵を畢生の渾身作にしたいんだ。
何て言っても、県の美術館に展示される作品だからね。」
「…じゃあ、この絵の題名は?」
僕は彼女の質問に間を容れず答えた。
「『赤い帳面のなかの愛少女』。
それが題名(タイトル)だよ。」
カンバスに模写された女性とそっくりそのままの笑顔で、リナリーがまた微笑みを浮かべる。
「ねえ、貴男?」
「うん?何だい?」
「…鼻の頭に絵の具がくっついてるわよ。」
「…あ。」
互いをまじりまじり見つめた僕らは、それからくすくすと笑い合った。
窓から射し入る優しい朝日に誘われて、その幸福に誘われて…。
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赤い帳面のもっとも後ろ、最末のページには、美しく清らかな女性が描き写し出されている。
絵のなかの少女は成長を遂げて、ようやく大人になることができた。
僕は君という幸せ、儚い幻想ではなく、形を有する真実を、やっとこの手で掴むことができたんだ。
スケッチブックと画筆、そして君さえいれば後はそう…、もう何もいらない―――
Fin...
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