彼女の記憶


銀色の髪をしたあの人は、まるでわたしの王子さまみたいだった。



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いつもひとりが好き、だって、自分ひとりでいた方が楽なんだもの。


うちの近所には、ミキちゃん、ナナちゃん、カリンちゃん、いっぱい友達がいたけれど、誘ってくれる度に断っていた。


だれかの機嫌を気にしながら一緒にいたって、ちっとも楽しくない。


わたしはいつの間にか、人の顔色を見るようになっていた。


いつからそんな性格になったのか、もう思い出すこともできない。


でも、パパと一緒に過ごす時間は大好き。


パパは海外でお仕事をしているから、たまにしか家に帰って来ないけど、会えばわたしをすごくかわいがってくれる。


パパのいない家には、なるべくいたくなかった、あそこには、わたしのいる場所なんてない。


ママはわたしのことが嫌い、ママはパパを愛しているから、わたしにやきもちを焼いている。


それからね、知ってるの、わたしはママの本当の子供じゃないってことを…。


しかたがないことなの、大人は大人なりの都合があるんだから。


だから結局、いつもひとりでいた、わたしはあの廃屋(ひみつきち)で、ずっとひとりぼっちだった。


ある日そこで、わたしはあの人に出会った。


爽やかな笑顔が、とても素敵な男性(ひと)。


あの人は優しかった、どんな我がままも聞いてくれて、いつも傍で笑っていてくれる。


わたしはすぐ、そんなあの人のことが好きになった。


パパじゃないだれかに甘えることができたのは、あの人が初めて。


ときどき寂しそうな顔をするあの人は、少しわたしと似ている気がする。


あの人とわたしは毎日そこで会っていた。


あの人は絵を描くのが好きで、色んなわたしをスケッチブックに描いてくれた。


赤いスケッチブックにえがかれた女の子の絵は、これが自分だと思えないくらい、どれもこれも穏やかな笑顔をしていた。


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『水面を漂う記憶、保持と再生は、彼女のなかで何遍も繰り返される』


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目の前は真っ暗がり、はたかれたところが青く変色して、ずきずきと痛かった。


パパがお仕事に帰って行った日、わたしは学校を休まされた。


ママはそれをしたあと、わたしを暗い部屋に閉じ込めた。


やがて鍵の外される音がした後、ママが冷たい口調でわたしに言う。


「あんたなんていなければ好いのよ。」


それからママが台所で用をしている隙に、わたしは家を飛び出した。


裸足のままで泣きながら、あの人がくれたリボンを握って、あそこに向かう。


ちょうど大粒の雨が降ってきて、雷も鳴り始めていた。


…体が寒い。


もう帰ってしまったかもしれないけど、わたしはあの人に抱き締めてもらいたかった。



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『束の間の淡い幻影(ゆめ)、それは幼い少女の記銘(きおく)』


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今でもあのときのことは後悔していない、私はあの人のことを愛していた、人生のなかで最良の日だったと思えるから。


もうすぐ私は行かなくちゃいけない。


あの人以外に触れられるのは嫌、そう叫びたいのに…。


状況を変えられないのは自分のせい、全て臆病な私のせい。


だけど私は、決して忘れない。


遠い昔の優しい夢は、心のなかで永遠に生き続ける。


貴方の記憶と一緒に私は…。