盲目の闇


もう見えないのよ、愛しい貴方すら、お願い、だれか私を助けて。



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きれいなものは嫌い、自分が醜く見えるから、自分が惨めに見えるから。


人生は千差万別だっていうけれど、どう考えても不公平だわ、神さまは人を平等に愛してくれない。


何も、好きでこんな顔に、好きでこんな臆病に…、持って生まれたものは変えられない。 


この世の中は、弱者を虐げた悪者が幸を得て笑う。


人を平気で傷つけた人間が、何の不満もない、順風満帆な人生を送っている。


世間は平たく見えて、その実、偏りずれている。


結局、美しい容姿の人は得をする。


だって、美人と醜女が同じことをしたって、美人は許されるでしょう? 


私の外見は人並みより劣っていた、性格も引っ込みがちで大人しく、いつも何かに怯えているような人間だった。


そんな私は、どこに行っても鬱陶しがられ、何をしても嫌われて、たいてい苛められた。


私は自分で自分を慰めた。


お世辞でもきれいと言えない容姿だけど、この低い鼻もしつこい癖っ毛も、私なりに気に入っている。


情けなくなるくらい臆病な性格だけど、何でもひたむきに頑張れば、いつかきっと報われる。


私にも希望という、弱くかすかな光を信じていた時代(ころ)があった。


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『第一の転換期(きせつ)、裏切りを嘆き、彼女は光を失った』


あるとき私はひとりの女性と出会った、亜麻色の髪をした、とても美しい女の子。


白い肌に赤い唇、明るく朗らかな笑顔、自分とは正反対の彼女のことを、私は素直に羨望した。


彼女のようになれたのなら、毎日を素敵に過ごすことができるのだろう。


とうてい無理な望みだったけれど、溌剌と美しい彼女に憧れた、その姿はまさに私の理想だった。


彼女の方から話しかけてくれたときは、胸がどきどきした。


まさか、こんなみすぼらしい自分に、わざわざ声をかけてくれるなんて思わなかったから。


友達になろう、彼女はそう言ってくれた。


私は嬉しかった、これまでそんなことを他人から、一度だって言われたためしがないもの。


そうして私たちは仲良くなった。


生まれて初めてできた友達、憧れの彼女のことを心から信頼し、どの日も一緒に過ごすほどの親しい仲になった。


私は彼女を尊び敬った。


だけど何も見えていなかったのね、その裏に隠された彼女の本心が…。


それから何年か経ったある日、彼女と見知らぬ男が話している会話を、私は偶然聞いてしまった。


「ところでオマエ、どうしてあんな変なのと仲良くしてんだ?」


「ああ、ジェシカのこと?


 そんなの決まってるじゃない、不細工といると私が引き立つからよ。」


「うわ〜、ひでぇ女。」


「そうかしら、嫌われ者の醜女を友達にしてあげてるだけ、感謝してもらいたいぐらいだわ。」


「まあ、それもそうだな。」


彼女たちは楽しそうに笑っていた。


嗤い者にされた私は、物陰から愕然とその光景を見つめた。


私は何もする気になれなくなった。


窓のカーテンで外の光を遮断した。


目と耳と口を塞いだ。


真っ暗な部屋に閉じこもった。


人に裏切られるということは、こんなに心が歪んでしまうものなのだろうか?


絶望に打ちひしぐ私に、母さえもが冷たい一言を投げかける。


「そうやって家にいられても鬱陶しいから、さっさと出てっておくれよ。」


そう…どこにいても邪魔な存在…だれも私を必要とはしていない…。


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『第二の転換期(きせつ)、嫉妬に狂い、彼女は心を失った』


母に見捨てられ、とうとう家から追い出された私は、暮らしを立てる為、生きてく為に仕事を探した。


そして私は、やっと見つけた就職先で運命の男性(ひと)と巡り会う。


職場での皆の対応は相変わらずなものだったけれど、彼だけは違った。


ひとりの人間として接してもらえる、今までひどい扱いを受けてきた私にとって、どれほどそれが喜ばしかったことか…。


彼は私を食事やデートに誘ってくれた、見せかけや外見で人の価値は測れないと言ってくれた。


私たちは恋人同士になって…じきにプロポーズをされた。


彼は離婚経験者で子供をひとり養っている、それは分かっていたけれど迷わなかった。


これは神さまが与えてくれた、たった一度きりのチャンス、それを逃してしまったら私は…。


そうだわ、彼を失ってしまったら、私に残るものなんて何もない。


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幸せな結婚生活は、そう長く続かなかった。


仕事を辞めて、彼と彼の子供と住み始めると、それからすぐに彼の単身赴任が決まった。


そうして彼の子供、リナリーと私だけの生活になった。


それから毎日毎日、自分に自信が持てない私は、いつも不安に押し潰されそうだった。


もし赴任先で、彼が素敵な女性と出会ってしまったら。


海外に赴いている彼のことが心配で堪らなかった。


一緒に暮らしているリナリーは、とても美しい女の子だ。


この子を見ていると彼女を思い出す、あのときのように自分が哀れに思えてくる。


彼をだれにも奪られたくない、たとえ、この子にだって。


妬みという感情が心のなかにじわじわ沸き上がる、それは汚く歪んだものだった、この醜い容姿と同じようだった。


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『第三の転換期(きせつ)、禁忌の愛により、それは明らかにされる』


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部屋の鍵を外した後、あの子は私の目を盗んで、家を飛び出していった。


どこかで警察に補導でもされたら大変だ、面倒な大事になっては厄介だ。


小さく溜息をついてから、私はリナリーを追いかけた。


こんな豪雨のなか、いったい、どこに向かっているというのだろう…。


あの子の後ろ姿をこっそり付けた私は、朽ちた屋敷の廃屋で、とんでもないものを目撃することになる―――