夢八夜
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あの湖畔で、私は素敵なひとに出会った。
銀灰色の髪にどこまでも澄んでいる瞳、笑うと可愛らしい、うぶで純粋なひと。
『一目惚れ』、その言葉は知っていたけれど、こういう感じなのかな。
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穢れない心、まっすぐ純粋な瞳に、出会ったときから私は惹かれていた。
生と死の狭間に現存する屍蝋のような私に、彼はたくさんの笑顔と安らぎをくれた。
アレン君と過ごしていくなかで、色褪せた日常が、美しく色彩豊かなものに変わっていった。
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ねえ、アレン君、君は今、どこで何をしていますか?
その瞳で何を見て、その心で何を感じていますか?
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君は私に大事なことを教えてくれた、身を挺して『愛すること、愛されることの意味』を教えてくれた。
『無価値で死にぞこない』だなんで、自分を卑下して全てをことごとく諦めていた私に、君は一生懸命寄り添ってくれた。
いつだって私を信じてくれて、その命すらいとわないのだと、ありったけ、無償の愛情をくれた。
全身全霊をかけて、ありのままの私を必死に受け止めて、誠実な思いで深く愛してくれた。
縺れてしまった私の心を、君は癒し解(ほど)いてくれた。
私はアレン君と出会えて幸せなんだと、今でも想っています…。
†††
一月下旬に吹く夜風は冷たい、けれど澄み切ったような寒さが私には心地がいい。
頬を掠める冴えた風、凛とした透明感は物静かで慎ましい。
私は四季のなかでやっぱり冬が好き、君と過ごしたこの季節がいとおしい。
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アレン君、あれから、何年が過ぎたと思う?
気づけばあっという間だった、すでに長い年月が過ぎていた。
あの日の夜、君と『最後の夜』を過ごしてから、私は日本を出た。
遠く離れた異国の地で 独りきり、暮らしていた。
ここに戻ってくるのは、そう、十五年振り…。
それは昨日のことのようで、くっきりと鮮やかに甦る。
君と二人で眺めていた景色を、私はひとり、この場所で一望に収めていた。
この湖畔には、君との思い出がいっぱい詰まっている。
何ものにも代えがたい、どうしようもなく素敵な宝物。
思い出というそれは、いつのときも、きらきらした宝石のように輝いている、けれどその分、ときに辛く悲しく感じてしまう。
在りし日の君に、どうしても私は想いを馳せてしまう。
だから私は、あの『最後の夜』、彼のもとを去ってからここに来ることはなかった。
懐かしい君に縋ってしまうのは、だめだと分かっているから。
だけど、たとえ二度と会えないのだとしても、大丈夫。
互いの気持ちを確かめ合った夜を、…忘れない。
記憶のなかの君は、あどけない顔で微笑みかけてくれていて、いつでも私のなかにいる。
今の私が真っ先に望むこと、それは…。
『明るい家庭を築いて、人間の子どもを授かって、普通の日常を送る』
大人になった君が幸せでありますように…。
アレン君には、私を忘れて、前を向いて自分の道を歩んでもらいたい。
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もしもあのとき彼が血杯を飲み干していたなら、私はどんな気持ちになったのだろう。
二人で決めた『ルール』を、彼が守り通してくれたから、私もここまで頑張れたんだと思う。
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さようならすら告げずにいなくなったこと、ごめんなさい。
運命が二人を別っても、君をいつまでも想ってる。
その人生がどうか穏やかなものでありますように、彼が元気に暮らしていることを、私はひっそりと願った。
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「―――…」
それは瞬時のことだった、不意に私の後ろから、恋しく慕わしい声が聞こえた。
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おもむろに振り返ったとき、視線を向けたその先には…
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白皙の美青年、私のかけがえのないひとが、あの姿形のまま、私を見つめていた…―――
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「今夜は美しい月、ですね。」
「…う…そ…
…あ…アレン君…どうして…」
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濃紫の目を大きく見張らせた彼女が、僕の方を向いていた。
ときを経ても変わらない、その艶麗な美しさに幻惑されて、僕は息を呑んだ。
僕の愛しいひと、忘れられないひと…
どんなときも恋い焦がれていた、とても大切なひと…
リナリー、僕は君を探していた、君を待っていた、もう一度こうして君に会いたかった…。
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「…あはは、僕、こんな姿で、びっくりしちゃいますよね…。」
驚きを隠せず、酷く動揺しているリナリーに僕は言う。
「…契約は結ばれていたんです。
確かにあのとき、リナリーに弾かれて血杯の中身は零れてしまった。
けれど一滴だけ口に入って、僕はそれを飲んでいたんですよ。」
「でも、でもっ…
血杯は飲み干さなければいけないって…」
…そう、飲んだのはたった一口だけ、僕だって終わりだと思った、吸血鬼にはなれないと思っていた。
「リナリーがいなくなってしまったとき、僕は自ら命を絶とうとしました…。
馬鹿ですよね、ほんとに…」
けど、願いは成就された。
「僕は…死ねなかった。
正確に言うと、死ぬことは不可能でした。
大量の出血で致命傷だった僕の身体は復活したんです。」
僕は不死身になった、リナリーと同じ、吸血鬼に…。
「…そんな…っ…」
僕の言葉に彼女はすぐさま何かを察したようだった。
その直後、リナリーの顔に悲愁の情が浮かぶ、無理もない。
彼女は心優しいから、こんな話をしたら、おそらく自分をきつく責め詰ってしまうんじゃないかと思った。
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「…リナリー、そんな顔、しないでください。
これは、僕にとって幸いなことだったんですから。
僕はその最期の間際、ある方の声を聞きました。」
目の色が濡れて憂いでしまっている彼女に、しっかり伝えないと…
僕の気持ち、そして、あのひとのことを…
「その声の主は、リナリー、君のお父さんでした。
死に際の寸前、僕はあったかい光に包まれて、そこで君のお父さんの心の声、想いを聞いたんです。
『独りぼっちの、寂しがりやのあの子を、守って欲しい、君なら娘を救える』、って…」
あのときにリナリーの父親の感覚を感じた、あの温かく目映い光は、確かに僕にそう訴えていた。
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君はこれ以上、自分ひとりで抱え込んで、孤独に苦しむ必要はないんだ。
「…お願いです、悲しまないでください。
経緯はどうあれ、これは僕、そしてリナリーのお父さんの望み、それそのものなんですから…。
成るべくして成った、行くべくして行き着いた結果だって、そんな風に思えるんです。」
「…お父さまが…そんなことを…」
感慨に耽った彼女は、ささやかに呟いた。
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「僕たち二人の心が通じて、願いを叶えてくれたのかも…
…なんて、ロマンチックなことを言ったら、怒りますか?」
僕が茶目っ気を含んだおどけた調子で言うと、彼女は首を横に振る。
「…ううん、そうなのかも知れない。
私の幸せを願ってくれていた、亡きお父さまの想いと、それから…」
彼女の濃紫の瞳から滲んだ水滴が一筋、すっと零れ落ちた。
「アレン君と私の想いが、きっと奇跡を起こして、またお互いを引き合わせてくれたのね…」
「リナリー…」
白露のような涙をぽろぽろ落とすリナリーが、僕をひとえに見つめて声を返してくれる。
「十五年も待たせてごめんなさい…。」
彼女は、これまで僕に見せたことがなかったほどの笑顔、蕾が花開いたような綻び顔をしていた。
咲き溢れる微笑み、相好を崩した君が、僕の胸にまっしぐらに抱きついてくる。
そうして僕は、彼女のほっそりした身体を両腕でしっかりと受け止めた。
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「リナリー、そろそろ僕の本音を言ってもいいですか?」
「うん、うんっ…」
「僕は貴女を愛しています、他の何より、だれよりも。
貴女はこんな僕を…愛してくれますか?」
最愛のひとに伝えたかった、ずっとずっと言葉にしたかった。
「…もう、もうとっくに愛してる…。
…私も…本当は…貴方に…凄く会いたかった…。」
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ときめきを感じたあの瞬間、今だって君を想うと切なさがぐっと込み上げてくる。
訪れた邂逅のとき、その優しい続きを、僕たちは二人で生きていく。
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世の中はあの頃より、色々変わった。
いつの時代も様々なものが移ろいで、大きな発展を遂げていく。
見慣れていた街並みだって、随分変わってしまった。
人々の生活もまた、便利なものに変化し、過ぎ去ったものは、徐々に忘れられていく。
それでも僕は、変わらなかった、忘れなかった。
過去の大切な時間、思い出のなかの君が僕を支えてくれたから。
色褪せないよりいっそうの想い、お互いに感じている奥深い愛…。
泡沫(うたかた)の夢のような『月夜の幻』は、ようやく現実のものとなった…。
僕ら二人は、これからの未来をともに紡いで、悠久に等しい永やかな旅路をともに歩んでいく―――
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