第一夜
ねえ、貴方は奇跡を信じている?
私はもちろん信じている。
だってこの目でそれを見たの、常識じゃ計り知れない、とっても神秘的な夢を見たの。
私はあの公園の大きな樹の下で祈っている。
純白の雪みたいな笑顔、天使のようなあの人に、もう一度逢いたいから。
†††
頬を刺す風がひりひりと冷たい。
季節はちょうど秋から冬に変わる頃、寒気の厳しい十一月に入った。
これから訪れるクリスマスシーズン(十二月)に向けて、街が鮮やかな電光飾で少しずつ色づいていく。
十二月と言えばクリスマス・イヴ、イエス・キリスト誕生の前夜祭、家族や友人、そして恋人、そんな大切な人と過ごす特別な日。
今年も街はロマンチックなクリスマスムードに賑わう、寒さに寄り添い合う恋人たちの姿を見かけることも増えてきた。
でもどんなにそれを見ても何も思わない、何故ならクリスマスなんて私に関係ないイベントだと思っているから。
学校が終わると、私はいつもあの公園に行く。
公園のベンチでは理数教科書と睨めっこ。
両親の強い勧めからゆくゆく理系大学に進学するつもりでいる自分には、これが毎日、欠かせない日課になっている。
「『次の数列の一般項を求めなさい』…っ…寒っ…。」
木々たちをざわざわ揺さぶる寒風が吹き抜けていった。
私はこの公園のまん真んなかにある、大きく立派な大樹を見た。
聳え立つ樹の下で相当な年頃の男性が胸の辺りに手を組んで、目を瞑ったまま立っている。
どうやら今日もだれかが祈りを捧げに来ているようだ。
この公園の大きな樹には、あるジンクスがある。
ジンクスと言ってもそれは災厄を招くようなものじゃなくて、縁起の良い言い伝え。
もともとこの場所には、古ぼけた小さな教会が建っていたらしい。
その外観こそ貧素な佇まいだったそうだけど、教会の司祭さまは、人生に迷った多くの人々を清く正しい道に救ったという。
司祭さまが天国に旅立ってから、時代の移り変わりで教会はなくなってしまった。
けれど神聖なる力はこの樹にいまだ宿っていて、大樹の下で祈りを捧げた者の願いが空に届くと、神さまが望みを叶えてくれる。
これはあくまで伝承の話。
私はそんなもの、ただの迷信だと思っている、根拠のないジンクスは信じない。
そもそも叶えたい望みがないもの。
それに運命なんて自力で切り開いていくものじゃないかしら?
もしジンクス(それ)が科学的に実証されて、現実に起こり得ることなら、祈ってみるのも好いかもしれない。
例えば…、そうね、あの有名な国立大学に無事入学できますように、とか?
†††
「そう言えばもうさあ、後一ヶ月でイヴなんだよね。
私まだ、彼氏に何あげるか決めてないんだ〜。」
同じクラスの子たちが今日、女の子同士でがやがや集まってそんな話をしていた。
みんなどうしてクリスマスを『特別な日』だと思うんだろう。
私はクリスチャンでも何でもないから、さっぱり分からない。
思い返してみれば、パパとママは共働きで夜遅く帰ってくることが多いし、自分には親友と呼べる友達もいない。
クリスマスという日を、だれかとまともに過ごした経験(こと)がないからかもしれないけれど…。
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そうして放課後を迎えて、いつものように公園へ向かう途中、けたたましく鳴りたてるサイレンが耳を劈いた。
赤い警光灯を点滅させ、道路を猛速力で走り抜けていく一台の車。
救急車を見ると何となく沈んだ気分になる、きっと公園の横にある市大病院に向かっているのだろう。
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公園に着くなりベンチに座った私は、スクールバッグから模試問題集、そしてシャーペンと赤ペンを取り出し、自分の世界に没頭する。
手にした問題集にようやく意識が入り込んでいく。
そのとき目の前にひとつ影が落ちた。
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「…少し話をしませんか?」
男の子の声だ。
(こんなガリ勉にナンパ?)
まさか、それはないない、絶対ない、それともよほどの物好きさんなのかしら。
自分を見下げるような、そんなくだらないことを考えながら、そろそろと顔を上げてみる。
「僕、『アレン・ウォーカー』って言うんです。
君の名前は…?」
「…あ…」
彼の容姿を見たその一瞬、言葉を失ってしまった。
きらきら輝く白い毛髪、白いシャツに白いスラックス、羽織っているニットカーディガンまで白い色。
私に声をかけてきた男の子はまるで、高く澄みきった空の上から舞い降りてきた天使さまみたいだ。
「…私、私は『リナリー・リー』…。」
白い少年との出逢い、それは私の世界が変わる、あの奇跡の始まりだった―――
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