第二夜
 
 
『それは期待だ』と言われれば、その通り、たぶんそうね…。



彼は今日もこの公園に来るのかな?


また昨日みたいに声をかけてくれるかな?


そんなことを考えながら長い数字の羅列を眺めていても、なかなか頭に入ってこない。


(もう、ダメダメ、しっかりしなくっちゃ!)


それでも目を凝らし、学習書を睨んで、数式を無理矢理頭に詰め込もうとする、と…。


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「こんにちは、リナリー。」


私の胸がきゅっとなる、そしてその声にゆっくりと顔をあげる。


白く輝く髪、上下の服もカーディガンも白、あの白い少年が私に笑顔を向けていた。


やっぱり彼はここに来てくれた、また私に話しかけてくれた。


「こんにちは…、アレンくん…。」


「僕の名前、覚えていてくれたんですね。」


「昨日会ったばかりの人の名前を、そんなすぐ忘れる訳ないじゃない。」


また会えたら…、そう思ってたのに私ったら、何言ってるのかしら。


彼はそれを気にするようでもなく、嬉しそうな顔をして、ベンチに座る私の隣に腰を下ろした。


何だか落ち着かない私はコートの袖をいじりながら 、ちらちら横目で彼を見てしまう。


真横には空を見つめているアレンくんの横顔がある、見れば見るほど端整で、男の子なのにきれいな顔立ちをしている。


女の私から見ても羨ましく思う、だれからももてそうな彼が、何で声をかけてくれたのだろう。


彼とこうして話をするのは昨日と今日で、二度目になる…。


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私たちの会話は予想以上に弾んだ。


最初はどこか身構えるような気持ちだったけれど、アレンくんの物柔らかな話し方、優しい声音がそうさせるのかもしれない。


彼と話し始めたときから、もう、どのくらい時間が過ぎたのか分からない。


「あの、前から気になっていたことなんですけど…。


 どうしてリナリーはいつもこんな公園でひとり、わざわざ勉強しに来ているんですか?」


「前から気になっていた…?」


「あ、えっと、言い方がおかしかったですよね、昨日そう思った、っていう意味です。」


「家にいて机と向かい合っても、あまり捗らないからかな。」


「そうですか…。」


「だからって友達と一緒だと、勉強に集中できないでしょう?」


「それもそうですね、話が弾んだりしちゃって、ついつい遊んじゃう。


 今の僕たちみたいに、ね?」


「そうそう、そんな感じ。」


私たちは互いの顔を見合わせて、くすくす笑った。


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「うちは両親が共働きをしていてね、ひとりで家にいるのは嫌なの…。」


ふっと今ある日常、現実的なことが思い出されて、もやもやした私は小さな溜息をつく。


「うちの親ってひどいのよ、授業参観や運動会、そうした行事には来たためしがないの。」


こんな身の上話なんて普段はしない、他人にべらべら喋ったりなんかしない。


なのに自分でも不思議に思うほど、どんどん多弁になっていく。


「そうやって子供をほったらかしにしてるくせに、『お前には期待している』なんて言って、有名大学に入学させることばかり考えているのよね。」


「そう…だったんですか…。」


「もお〜、そんな顔しないでよ、アレンくんは何も悪くないんだから。」


彼はとても真剣に話を聞いてくれた、そしてこんな私のことを心配してくれた。


…そうだ、アレンくんは、アレンくんの両親はどういう人なんだろう?


「私も気になったことがあるんだけど、聞いてもいい?」


「もちろん、何でも聞いてください。」


「アレンくんのご両親って、どんな人なの?」


「そうだなぁ、二人とも、僕のことを大切にしてくれる優しい親です。


 自分を生んでくれた父さんや母さんに心から感謝している。」


(うちとは大違いだわ)


『子は親の鏡』という言葉があるけど、まさしくそれ、アレンくんの両親はよっぽどできた人なのだろう。


彼の優しい人柄を見ていれば、それが良く分かる。


「…でももう、父さんは亡くなってしまったんですよ。


 僕が小学生の頃、不治の病に罹ってしまって、あの病院で…。」



少し懐かしむような顔をしたアレンくんが、公園の横に高くそばだつ市大病院を見上げた。



「父さんはね、すごく強い人間(ひと)だったんです。


 どんな辛い困難にもひたすら耐えて、決して泣いたりしなかった。


 僕もいつか、父さんのように強くなれるといいな…。」


だから、そんな悲しい思い出と深い想いがあるから、彼はこの場所に来ている…の…かしら…?


「ごめんなさいっ、そうだと知らなくて私…。」


「いいえ、気にしないで。」


彼はそう言って、真っ白い天使のような笑顔を浮かべる。


どことなく寂しそうな微笑み、それは私に、いずれ溶けて消えてしまう白雪を思わせた。


†††


私と彼は来る日も来る日も、あの公園のベンチで色んなことを語り合った。


学校が終わればすぐアレンくんの待つ公園に向かう、休日だって彼に会いたくてあの場所に向かう。


優しい声を聴きたかったから、温かい笑顔を見たかったから、一緒にいるのが心地よかったから。


少し前の私は心をがちがちに張り詰めさせていた。


暇さえあれば専攻する理系科目の猛勉強、安らぐ時間なんてひとときも、自分に与えたことがなかった。


この将来(さき)に有利な勉強だけするのではなく、どうでもいいことを話してたくさん笑う、そうした時間を過ごすのも大切なこと。


アレンくんの存在は、私にそれを教えてくれた。


「また明日会いましょう。」


二人の別れ際にそう言ってくれるのはいつも彼の方から。


また明日も会ってくれるよね?


私だっておんなじ気持ちなのに、どうしてもその一言が出てこない。


明日も一緒にいたい、ずっと一緒にいたい、だけどそれを、彼にどう伝えれば好いのか分からない。


もっとかわいい女の子になれたら、もっと素直な女の子になれたら、きっと何か変われるはず、そう思うのに…―――