Maiden's prayer2



彼に気を取られて目線を向けた時、自分を見上げる灰白の眼と視線が重なった。


「あ…」


潤む瞳に見入られたアレンは、少し驚き、挙動をぴたりと止める。


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暫く黙ったまま、静かに瞳が合わさる。


しんとしたこの部屋に時を刻む柱時計の音だけが、コチコチと規則的に鳴り響いている。


『私に触れて欲しいの』


彼女の胸は激しく高鳴り、目差しは甘い憂いを帯びていた。


「…アレン君…。」


リナリーが、か細くアレンを呼ぶ。


差し出した指が彼の肩先に触れると、アレンは決り悪く笑い、その手を彼女の胸へゆっくり戻した。


拒絶…された…


アレン君…―――?


何時もなら…優しく抱き締めて…キスしてくれた。


なのに…―――


肩に触れた彼女の指が自分を誘い求めていると、アレンは知っていた。


そうにも拘らず、まるでそれを避ける様に、彼はリナリーの挙止を停めた。


どうして…―――


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「今日は、もう部屋に戻った方が良いですよ。」


絨毯の上に散らばったカップの欠片を拾い集め、淡々と言うアレン。


疑問は鬱陶に膨らむばかりだった。


怒ってる…―――?


何で…―――


彼女の正面へ向き直ったアレンが、怪訝な目をするリナリーに落ち着いた声で話し掛ける。


「…リナリー、少し冷静になって下さい。」


物を言わない沈着な目が、当惑するリナリーをしっかり捉えていた。


「冷静に、って…。」


何で…そんな事…


汲み取れない気持ちを懸命に解かろうとしても、表情の色を全く見せないアレンに、彼女の迷妄は一層強くなっていく。


冷たくされてる訳でも、素っ気なくされてる訳でもない…


――――――あ…


きっと…アレン君は…


気にしてるんだ…あの時の事…ずっと…


私が前に彼を拒んだ…そうよ…こうなって当り前じゃない…―――


善く考え、自分の行動を省みると、火を噴くような恥ずかしさで一杯になる。


「…私…何やって…ご…めんなさ…」


アレン君の顔…真ともに見れない…


「…あの、笑わないで聞いて…ね?」


リナリーを訝しむ彼と目を合わせない様、顔を伏せる彼女の唇から、くぐもった声が零れ落ちた。


「…?」


「‥‥‥‥‥アレン君、思い違えてる。」


「何を…、ですか?」


「あの事、気にしてるんでしょ…?」


彼女の言葉が耳を過ぐと、無表情だったアレンの目見が一瞬揺らぐ。


貴方が…こんな…気にしてたなんて…


「本当に…ごめんなさい…でも私、アレン君となら…」


先を言い澱んだ彼女が、何を言おうとしているのか。


その心を推し量ったアレンは、思い切られた言葉の意味に困惑の色を浮かべたが、直ぐに冷静さを取り戻しリナリーの本心を探る。


「…無理してませんか?」


「‥‥‥‥‥無理じゃない。」


膝の上で握り締められた彼女の指に、強く力が篭った。


想いを伝えなくちゃ…アレン君に…私を理解してもらいたいから…


今度こそ、ちゃんと…―――


「‥‥‥‥‥私ね、恥ずかしかったの。」


嫌がってたんじゃない、優しい彼の違った一面(かお)を見るのが、怖くて…。


けど、それでも貴方に触れて欲しくて…。


「いきなりこんな話をされて、困るかも知れないけど…。


 素直になれなくて、あんな態度を取っちゃったけど…。


 本当は…ずっと…アレン君に触れて欲しかったの…。」


指先が震える、羞恥心で心臓が破けそうだ。


こんな自分の気持ちを、受け止めてくれるだろうか?


蕩う正直な想いを、とうとう打ち明けてしまったリナリーは、両目を固く瞑りアレンの次の言葉を待った。


「…それ以上は、言わないで下さい。」


「え…?」


握り固まる彼女の手をアレンは手の平で包み込み、思案顔のリナリーを見つめ、苦しそうに笑った。


「…そんな切ない顔で言われたら、僕は…。」


彼は目を伏せて、ゆっくりと続ける。


「リナリーの事を考えて、僕はあれから抑情を決めたんです。


 でも若し貴女が、僕とそうなる事を望んだら…。


 もう…自分でも、抑えられる自信は…ありません…。


 それでも…ですか…?」


「‥‥‥‥‥それでも、好いの。」


つしやかに訊かれた言葉に、リナリーは首を縦に振って頷く。


「後悔しません…?」


「…絶対しない。」


だって…ずっと望んでた事だから…―――


アレン君は何時だって…私の事を…こんな大切に考えてくれてる…


そんな優しさが何より嬉しくて…貴方が誰より愛しい…―――


「今度は、途中で止めれませんよ。」


リナリーの指先を自分の唇に寄せて、アレンが戯れる様に口付ける。


「…ん…」


甘い陶酔にリナリーは小さく鼻を鳴らし、再びこくりと頷いた。


擦れ違った気持ちはやがて一つになって、二人の間に輝きに満ちた笑顔が戻る。


リナリーは頬を桜色に染め、照れ笑いを見せながらアレンに言う。


「…優しくしてね…。」


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素肌同士が触れ合う、温かな感触―――


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ベッドの上で私を抱くアレン君が、とても恥ずかしそうに笑った。


「…僕の心臓の音、聴こえます?」


…アレン君、声が震えてる?


…トクン…トクン…トクン…トクン…トクン…


肌を合わせた胸から響く、少し早い彼の鼓動。


あの時の私とおんなじ…


そうか…アレン君も緊張してたんだね…―――


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ずっとずっと、夢見てた。


その腕に抱かれたら、私はどう変われるんだろう…


ずっとずっと、求めてた。


深く愛し合い心の想いを伝え合えたら、二人はどう変われるんだろう…


ささやかな夢を、たった今、彼が叶えてくれる。


大好きな貴方と一緒に…この醒めない夢の続きを…―――


I wished for that...


〜2007/11/5/美月〜


†少しでも読み易くなればなー、と思って微修正したのですが、あまり変わってないと言う…;


笑ってやって下さい(逃走〜!