愛証 彼女と過ごす季秋は、これで何度目になるのだろう――― 閨の隙間から纔かに吹き入る夜の風、秋風(しゅうふう)に頬を撫でられ、彼はその様に考える。 流浪人として生き、何人であろうと深入りする事を避けてきたと言うのに。 凡(すべ)てあの日から、運命とは奇なもの。 長い睫毛を伏せ、剣心は柔らかく笑んだ。 「また…考え事?」 弘い背に触れる白い指先、澄みやかな少女の声に、それまでの意識が追想から醒める。 「…いや。」 「そうやって直ぐ誤魔化す。」 何時も事であるが、さりげなく躱す剣心の態度に程好くあしらわれた気がして、些し剥(むく)れる薫。 頬をめいっぱい膨らませ、拗ねた仕草を見せる薫に剣心は微笑みを返した。 「…私、剣心の支えでいたいのよ?」 縦い貴男が何も話してくれなくても。 そう呟く彼女の姿は思い做しか寂し気だった。 彼女の愛した男は流浪人、己の人生に重苦を背負う流離人、彼を必要とする人間は自分だけでないと解っているから、男人(夫)として繋縛する事は出来ないのだと確信しているからだろう。 また彼自身も深い紕(まよい)の中にいた。 彼女の為だけに生きれるのなら、己の一生涯を彼女に捧げられたら、その優しさに甘え垂れる事しか出来ない自分に酷い歯痒さを感じている。 「もっと剣心を傍で感じていたいの。」 しゅるりと着物の擦れる音、寝衣を脱いだ薫は、露にした豊かな双丘を逞しい背中にそっと押し当てた。 直に触れ合う素肌から体に伝わる互いの温もり、彼女の甘い体温は剣心に『生く事の慶び』をより強く実感させる。 少女の匂香が剣心の鼻腔を擽ると、甘酸っぱい切なさが彼の中で込み上げた。 滑らかに伸ばされた腕、指先が彼の胸まで辿り着き、無数に附いた疵だらけの体を薫は愛おしそうに愛撫する。 「私が欲しいのは何時も一つだけ、剣心に愛されている…証。」 柳眉(りゅうび)を顰めた薫は心悲しく囁いた、彼女が彼を求愛(もと)めるのはこの宵が最初でない、祝言を挙げ正真の夫婦となってから薫はしばしば彼を誘う。 それは夫である彼を慰める為、彼の情愛を確かめる為、そして彼に対するたった一つの我儘。 恩愛を受ける事でその美しさは益々艶を帯びていく、彼は色めく彼女を慈しみ求められた時にだけ抱いた、決して自ら情交を誘い掛けようとはしない。 夫としての責務を全う出来ない己を責め咎めているからだろうか、情の赴くに抱いてしまえば、己自身も引き返す事など到底出来まい。 それ故、彼は自己を厳しく律してきた。 どこまでも魅了する彼女、振り向けば薫の薄ら上気した面、情熱を宿した麗しい眸は己を愛欲の渦へ堕とす。 長い黒髪、瑞々しい雪肌、全て自分のものなのにもどかしい。 彼女の想いに応える様に薫を腕に抱き、剣心は静かに唇を重ねた。 啄む接吻を幾度と繰り返す、唇の交わりは次第に深みを増し、絡め合う舌先がくちゅりと淫靡な音を漏らした。 「…ん…っ…」 濃密な口付けが止み、離れた唇は名残惜しそうで、しっとり熱を含んでいた。 互いの瞳子がぶつかると、赫(あか)くはにかむ二人は可笑しそうにくすくす笑う。 「‥‥‥いっぱい抱き締めて…?」 「‥‥‥薫殿がそう望むのなら…。」 月影が閨を碧色に染め上げる、今は夜も更けたばかり、二人は互いの肌を重ね、その体に確かな『忠愛』を刻み付ける。 彼等はここに存在し、二人の間に深遠なる想いを越える『何か』があったのは偽りなき真実。 睡(ねむ)れない長夜は、まだまだ續く――― †頁未完成、イラストは描き改めます; |