永劫回帰・逢着


その恩愛は永々と君に巡り還る。


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沈々と雪花の降る夜陰の中、人が流す生血の如く鮮やかな緋髪の若衆がぽつりものを呟いた。


「血腥い…。」


厳しい冷気に悴く指先、真赤に染まった己の掌をまじりまじり見つめる。


彼は人を殺した、何遍も何遍も。


胸の奥で悼(いた)む声を閉じ込めて、耳を塞ぎ、非情なまでに心を鎖してきた、それは己の思想を突き通す為。


長州藩の尊王倒幕志士、高杉晋作に剣の腕節を見初められ、長州藩で組織された諸隊の一つ、創設者の高杉が統率する奇兵隊に入隊した。


後々は長州反幕派の主立つ要である桂小五郎の命に従い、『人斬り抜刀斎』の異名を持って数多の要人暗殺に手を染めた。


生暖かい肢肉を斬る度に、何かが脆く崩れる様だった。


それでも後ろを顧みてしまえば、前へ進む事が出来なくなる気がして。


冷徹に心を浸して、ひたすら勇み立つしかなかった。


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だのにどうしてだろう、こうして宵々命を奪うその度毎、荒涼とした寂しさに襲われる。


瞳に映らぬ恐怖、それは良心の呵責から来る恐れ気なのかも知れない。


身体を清めよう。


仮屋に戻るなり、返り血を浴びてべっとり穢れた体躯を濯ごうと、抜刀斎は少し離れた湯屋に足を向かわせる。


何も考えるな、今は自の信念の為に。


湯屋の遣戸を開けて彼がそう思い止んだ時、後背で小さな物音がことりと音を立てる。


腰の太刀に手をやると、抜刀斎は厭わしそうに眉目を皺め、周囲の気配を隈なく探った。


何奴、先刻の追手だろうか?


「…きゃあぁぁぁ!」


細い気配を辿りながら二三歩調を進めると、突然の頓狂声が彼の耳介を劈いた。


「あ…痛たたたっ…」


突如両眼に飛び込んできたのは、大きな藍色のリボンで長い髪を結った一人の少女。


こちらの様子を物陰で窺っていた様だが、立て掛けてあった竹箒に脚を縺れさせそのまま尻餅を突いた有様。


女?…そうか。


抜刀斎は皮肉に口角を歪める。


俺に差し向けられた何処其所の刺客、それなら。


「おい、そこの女。」





「…な…何よ。」


「人の入浴を覗こうなんて、随分な度胸をしてるな。」


「なっ、何馬鹿な事言ってるのよっ!


 …私は…剣心に会いに来ただけなんだからっ!」


負けん気の強い目差しで口にした少女の言葉に、抜刀斎は些か緘黙する。


剣心、何故その名を…。


抜刀斎とは俗世が作った彼の異名である。


暗殺稼業に我身を置く彼の実名を知る人間は、余程馴染み深い間柄の者、他ならぬ筈であるのだが。


「あんた、どうしてその名を識っている。」


己に親しい人間を装った佐幕派の間諜若しくは刺客、彼が真っ先に思い回した答はそれだった。


これが女だとなると猶の事、その手の線は色濃いだろうな。


身体をしゃがめ、尻を突き戸惑う少女と視線を交じ合わすと、抜刀斎は仄黒く微笑を浮かべた。


「色仕掛けの刺客か、何某に送り込まれた。」


抜刀斎の鋭い眼睛、咎め立てられるのは甚だ心外であるのに、少女は嚇す目付きに瞳子を逃す。


「…刺客って、不躾ね!


 私の何処がそれらしく見えるのよ、貴方本当に剣心なの?」


飽くまで白を切るか、無理もない、目的の意図が仇にばれてしまってはぐうの音もでないだろう。


「空々しい真似は止せ、俺の目は欺けない。」


「…だから何回言ったら分かるのよ、私は剣心と会う為に此所へ来たのっ!」


少女は些とも怯む様子を見せない、このままでは定めし可笑しい堂々巡りの遊興である。


女相手に少々乱暴だが致し方ない、少女の襟首をぐいと掴み己の鼻先まで引き寄せ、眼光炯々と凄みを利かせた。


「丁度好い、色遊びは久しく無沙汰していた所。


 中身を暴けばあんたの目論見が何なのか、嫌でもはっきり出来るだろう。


 倒幕運動…なんてのをやっていると物騒でね、こうした事は日常茶飯なんだよ。


 …幕府の密偵か?洗い浚い自白しろ。」


「ち、ちょっと…」


化けの皮を剥いで素性を晒してやる、抜刀斎はそう嘲て少女が纏う衣に手を伸ばす。


「ここで俺に辱められたくなくばいっそのくされにさっぱり白状するんだな、あんたは誰の回し者(いぬ)だ?」


「…この…分らず屋…あんぽんたん…」


小さく聞こえたくぐもり声、程なく彼女の強い平手打ちで抜刀斎の左頬がばちんと響くばかりに鳴った。


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気抜けた眼を瞬かせる彼に少女は言う。


「…最低よ、こんな事して私を試すなんて。」


ずれた着衣をとっさに整え、直ぐにも泣き出しそうな涙目の少女、騙し打ちが狙いなら今し方の寸隙に不意を討つ事も出来た筈。


湿り気を帯びた寒風が吹き付けて叩(はた)かれた頬をひりひりと刺激する、抜刀斎は頗る当惑した。


誰某に遣わされた刺客でないとすれば、この女の素性は…


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「…お前、その名は?」


「…かおる、『神谷薫』。」


自分を見据えた蒼黒の瞳は、か弱い女の身であるのに両眸にきりっとした光を湛えている。


神谷薫、彼女には己が直隠しにしている思想と良心の矛盾すら奥底まで見通されてしまっている気がした。


それから暫時閉口した彼は、圧倒される何かに刻を停めたまま薫を見つめた。


不思議な瞳をした女、抜刀斎は直感的そう感じた。


沈々と雪花の振る宵闇、決して出交す事のない二人が悪戯に巡り逢う、そして吉凶禍福の天命は今を正しく逆さに廻旋し始めたのである。


2008/11/20
〜美月〜


†うほう、何か久し振りに抜薫ネタを考えました。


私のごちゃごちゃした乱雑駄文じゃ上手く伝わらないと思うけど、二人のぴんと張り詰めた緊張感が大好きなんですよね〜


序説はこれで終了ですが、薫嬢が幕末に来た筋道とかをこの先書いて行きたいと思います。


更新はきっと、のろりのろりですけどね;